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N.Mu Event Context 投稿

日記210518

 ウェザーニュースライブ見たさに朝の六時に起きる。七時過ぎに起きても出勤に間に合う。五時から始まっているからほんとうは五時から起きていたいのだが、眠いからそこまではしない。時間に余裕があるから六時半までベッドのうえで横になって、目を瞑りながら、というかほぼ眠りながら、音声だけを聞く。八時前に自宅を出て、十八時に退勤して、勤務先から駅に向かう途中で空の写真を撮ってウェザーニュースのアプリへ投稿する。十九時半頃に帰宅して、食事をしながらウェザーニュースライブを見る。先日、番組出演中に喉を痛めて早退して、それ以来お休みが続いていたキャスターがツイッターで、声帯結節と診断された、と書き込んでいた。話すことを仕事にしているひとが話せなくなることのつらさを、真剣に働いたり仕事をしたりしたことがないわたしはわからない。時間を切り売りするだけの賃労働と、労働までの待機時間。意思や責任と呼びうる、呼ばれうるものはどこにもなく、指示をただこなし、指示がなければ何もしない、それは労働時間であろうと非労働時間であろうと変わらない。わたしは仕事をしたことがない。昨年と一昨年に行った同人誌の制作。あれはどうだったろうか。あそこには意思や責任と呼んで扱っても差し支えないと思えるくらいの振る舞いはあったかもしれない。ではそれが制作と呼びうるような、身体や環境の変容を強いたかといえば、現時点では否であり、今後どこかで芽が生えるかどうかも、結局は今後の身の振りようによってしか決まらない。ただ少なくとも、こうして書く習慣だけは残っていて、じゃあ呪詛を書き殴るように日々の出来事を文章で記録したところで何かがどうにかなるのかといえばそれもまた否であるのだが、ほんのわずかな変化、それも自身の内のみにおけるわずかな変化でしかなくとも、何かが変わったということに希望を抱き続けるしかほかないのかもしれない。どこにいっても傲慢なひと、乱暴なひと、自惚れたひと、他人を嘲笑うひと、総じてダメな連中はいて、そんなひとたちが平気で、当たり前のように、嬉しそうに、無自覚に、ひとを傷つけながらのうのうと生きていることについ苛立ってしまう。こうしてよく知りもしないひとの表面的な態度や言動を見て、苛立ち、批判的な意見をもち、ダメなやつだと一蹴してしまうようなこと自体もまたダメな振る舞いであるにもかかわらず。いくら積み重ねてもなにひとつ善くなったように見えないわずかな変化をそれでも重ねつづけて、いつまでもダメなじぶんをほんのちょっとでもマシにしようとしたり、ひとを傷つけることによって安住しようとする言動が当然に行われる社会や人々の暮らしがほんのちょっとでもまともになるよう努めたり、あるいはそんな夢みたいな願いを手放すことなく、気が遠くなりながらも日々を過ごすしかない。そう思う一方で残念な日常はつづくし、まいにち気持ちが挫けてしまう。努力せずに権力が手に入らないかなと思う。万が一ひょんなことからうっかり莫大な権力が手に入ってしまってもいいように、権力を誤った方へ用いてしまわぬよう、地道に学びを培わなくてはいけない。

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日記210517

 勤務を終えて駅へ向かっている途中に、空に視線を移すと、虹がかかっていた。二重のおおきな虹。ポケットからiPhoneを取り出して、写真を撮る。撮った写真をウェザーニュースのアプリに投稿する。数週間前だったら、虹を見かけても虹がかかっているなあと目に見えたとおりに思ったのか思わなかったのかなにやらおぼつかない半端な態度で、興味のない装いを守りながらとうぜん写真なんか撮らずに、すぐに忘れてしまっていたと思う。ウェザーニュースライブを見たことで、歩行途中に立ち止まって空を見上げて、雲の形を眺めたり写真を撮ったりしてもいいんだなと、しぜんと思えるようになった。でもまだウェザーニュースを見始めてから二週間足らずだから、すぐに飽きるかもしれない。すぐに元通りになるかもしれない。なにかに急速に熱中して、急速に飽きるということは、過去を振り返ってもよくある。
 きのう、冷麺を食べたいと思って、最寄りのちいさなスーパーに行ったら売ってなかったからそうめんを食べた。きょうは駅前のスーパーで冷麺を探したらあったから買った。麺の茹で時間が一分で済むことに驚く。食べたら思った以上においしくて、だけど冷麺を食べるといつも途中で満腹感を覚えるなあと、ひさびさながらに馴染みある気持ちになる。べつに暑くない時期でも冷麺を食べてもいいかもしれない。一時期やたらと冷麺に熱中していた時期があって、ただそのわりに食べる機会もなく、食べに行こうとも思わず、食べに行くにしても焼肉店くらいしか選択肢がないし冷麺専門店とかないのだろうかと探すほどでもない程度に思っていた。それでもなんとなく調べたら、渋谷に冷麺専門店があるという情報が出てきて、渋谷ならさっと行けるなと思い、さっと行ったらさほどおいしくなくて、それが飽きの決定打だった。渋谷で食事をするなら麻辣湯の店がいい。

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日記210516

 疲れてずっと眠っていた。十六時頃に、すこしは外に出るかと思って外に出た。ちょうどウェザーニュースでは毎月十六日の十六時十六分前後の空の画像を視聴者から募るという企画があるようで、せっかくだから府中駅前で空の写真を撮って、ウェザーニュースのアプリに投稿してみた。九州の方では梅雨入りしている地域もあり、全国的にも曇天のようで、投稿された写真をざっと眺めると灰色の空ばかりだった。書店に行って、荒木健太郎『雲を愛する技術』という本を買う。すこし読んでみるが、出てくる単語がわからず、文からイメージをまったく描けなくておかしい。「積乱雲は常に雄大積雲が発達して生まれますが、塔状層積雲や塔状高積雲から雄大積雲を介して発生することもあり、塔状高積雲から生まれた積乱雲は雲底高度が高くなります」とのことだ。ぜんぜんピンとこない。ひとの名前を知っているとそのひとに親しみやすく感じるように、雲の名前を知ることで雲を親しめるようになる、というような旨が書かれていて、それはなんとなくわかる気がする。

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日記210515

 ニコ生でコメントを書き込みながらウェザーニュースライブを見ていたら、はじめてキャスターにコメントを拾ってもらえた。ニコ生お馴染みの、映像の上をコメントが右から左に流れる構造が好きだ。画面上で、スタジオといち視聴者が、わずか数秒だけ同期する。コメントは数秒で過ぎ去っていくが、複数の視聴者による適当な書き込みは、時に塊のようになる。番組には大枠の台本がありつつ、フリートークの時間帯には、キャスターは波のように動くコメントの群れを読み、それもひとつひとつのコメントを丁寧に読むのではなく、コメントの群れの空気を読むように読み、トークの流れが決まっていく。コメントは時に拾われ、大方は無視され、しかしコメント民のなんとなくのノリがスタジオに影響を与えたり与えなかったりする。ニコ生における出演者とコメント民の関係性は、たとえばYouTube Liveのような映像とコメント欄が別の次元に独立して位置している、ごく一般的なそれとはやはり異なるように思う。出演者と視聴者の群れが一緒くたにされた異様な映像を、離れた場所にいる両者が一緒に見ることによって同期した状態。この異質な視聴環境がコンテンツの双方向性を強化する。特殊なコンテンツ=生態系は特殊なプラットフォーム=環境から生まれるのだと思う。しかしかつてに比べればニコ生もすっかり衰退して、この独特な環境も、どこにも引き継がれることなく近い将来に消えていくのかもしれない。ニコ生、あるいはニコ動の異質さは、じぶんにとって「インターネットっぽさ」の象徴であるのだが、それももう古い人間の考えだ。

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日記210514

 帰宅中に寄ったスーパーで、しめさばとタカラ焼酎ハイボールのドライを購入する。帰宅してすぐにしめさばを開封し、バーナーで炙る。ちょうどよい焼き加減がわからなかったから、皮のまんなかあたりが焦げるくらいで炙るのをやめた。炙りしめさばを食べながら、ハイボールを飲む。鯖の油分で酒がすすむ。また近々しめさばを買ってこようと、食べ終わるまえから思う。つぎはもうすこし強めに炙ってもいいかもしれない。食後に、友人と通話をし、ウェザーニュースライブのおもしろさを伝える。昨晩も、べつの友人にウェザーニュースライブの話をした。ここ一週間の日記にはまいにちウェザーニュースライブについて書いている。日々がウェザーニュースに書き換えられている。三時頃まで通話が続き、ひとに話したことのないような経験や欲望なんかも話した。以前斎藤環が、無意識の葛藤や欲望は言葉にすると症状がやわらぐとフロイトの頃から言われていて、症状を言葉にするのは精神療法の基本なんだ、というようなことを言っていたのを思い出す。

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日記210513

 朝、ウェザーニュースライブを見ていると、出演しているキャスターが喉の調子を悪くしたらしく、予定よりも早く降板した。その後、八時から出演予定だったキャスターが、予定より早い七時三〇分から登板し、番組が粛々とつづけられる。番組スタッフおよびキャスターの緊急時の迅速な対応を見て、きちんと仕事をしているひとはかっこいいなと思った。八時前のインターバルの時間に、ニコ生の運営コメントで、これからお仕事や学校の方はがんばってください!、とキャスターからのメッセージが表示される。緊急で予定外の出演となったにもかかわらず、あるいはそれゆえに、視聴者へのサービスも行う姿勢が輝いて見えた。じぶんもがんばるか、とめずらしく思って出勤し、ろくな業務を与えられていない職場で何かの作業をしている装いをしながら我慢の時間を過ごし、それがかえってストレスで、からだもこころもへんに疲れて帰宅する。時間は消費されていくばかりでそこから蓄積されるものはなく、これでいいのかと毎日不安になる。かっこよく働けるひととみっともなくしか働けないひととがいて、じぶんは後者でしかいられないのかもしれず、だとすればすこし残念に思う。

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日記210512

 休業が明けて約二週間ぶりの出勤で、朝に電車に乗ったらふつうに混雑していて、連日各地の首長が騒いでいるのはいったいなんなんだと思った。どれだけ騒いでも変わらないから余計に騒ぐのだろうか。わかんないけどもう少し黙ってろと思う。でもどうせ誰も耳を傾けていないのだから、べつに黙らなくてもいいのかもしれない。好きにしたらいい。好きに騒いだり好きに黙ったり、好きに従ったり好きに無視したり、そういう気楽さが維持されたらいい。勤務中はウェザーニュースライブが見れなくてつらいなと思ってた。はやく帰りたかった。帰宅してすぐにウェザーニュースライブを再生した。キャスターと気象予報士が天気情報を伝えている画面の上にお決まりのコメントが大量に流れていてホッとした。外出を控えて積極的に自宅で過ごすとはたとえばこういうことで、こんな不健全で荒んだ生活を送るには多少の気の狂いや半ば投げやりな衝動などを必要とする。ダメ人間である。ひとびとの堕落を望むべきではないし、むろん、もっと健全に自宅で過ごす方法もあるだろうことについてはここでは目をつぶっている。

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日記210511

 ドトールで作業をする。隣席の男のひとがずっと貧乏ゆすりをしている。脚を小刻みに動かすだけの行為を貧乏呼ばわりすることは未来のどこかで問題視されるのかもしれない。勉強か何かをしながら同時にアニメを観ていて、ましてや脚も動いていたからすごく忙しそうだった。じぶんは複数のことを同時にできない。ドトールに来るまえまでは、部屋でウェザーニュースライブを流しながら読書をしていたが、映像と音に気を取られてろくに文を読めなかった。だからわざわざ本やパソコンを持ってカフェを訪れる。読書や書きものなどのたびにコーヒー一杯分の料金を支払わなければいけないのだから、なにかをなそうとすればするほど金がかかる。じゃあ節約して自宅に引きこもり、一日中ウェザーニュースライブを見ていればいいかと言えば、それはあまりに虚しすぎる。まだそれくらいの判断はできる。ウェザーニュースにのめり込みすぎないように気をつけたい。

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日記210510

 丸亀製麺で昼食を摂る。平日の昼すぎということもあり、休憩中の労働者が何組かと、高齢者の客が目立っていた。じぶんと同世代とおぼしきひとは少なく、いたとしてもスーツを着ている。食後にエクセルシオールカフェで作業をしていると、勤務先のひとから十二日から出勤するよう連絡がくる。承知しました、と返信をする。就労に対するじぶんの振る舞いもいい加減考えたほうがいいのだろうか。さいきんウェザーニュースライブをずっと見ていたり、定期的にゲンロンカフェのイベント配信を見たり、たまにYouTubeで配信をしてみたり、そういう影響から、映像配信のスタッフをやってみたいな、と思ったりもする。生配信は緊張感もあるだろうし、緊張感があるということは無駄なおしゃべりなどをする余裕がないことだ。業務に集中できる環境は羨ましい。映像配信の求人がないか探してみようか、あるのだろうか。職業としてではなく、お手伝いでもいいからやってみたい。一生懸命に機材をいじったりしたい。

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日記210509

 ウェザーニュースを見ていると、暑いからアイスを食べたくなりますね、といったことをキャスターが繰り返し言うから、そういうものかなと思い、アイスを買った。森永製菓から出ている「フローズンラムネ」。お菓子のラムネをモチーフにした商品で、アイスクリームとラムネ味の氷菓が二層になっており、底にはラムネが入っている。アイスを買って食べたのはずいぶんひさしぶりだったが、その割に感動も懐かしさもなく、淡々と食べ終わる。もっといいやつを買えばよかった。サーティワンアイスクリームがフレーバー総選挙なるものをやっていて、その結果発表が今日だったらしい。一位はポッピングシャワーで、小さいころよく食べていたストロベリーチーズケーキは四位だった。サーティワンのメニューがどれほど変動しているものなのかは知らないが、まずブランドの知名度が変わらず高く、そのうえずっとあるメニューがいまだに人気であることに、すごみを感じる。その辺はミスタードーナツなんかも近いが、サーティワンはどこかイロモノ感がある点で異なる気がする。「コットンキャンディワンダーランド」という商品名が、奇抜なものとしてではなく、あいつはそういうやつだからという了解のもと普通に支持されている。対して「ポンデリング」はいまやスタンダードだ。イロモノがイロモノのまま人気を長年維持しているのにはやはり驚く。サーティワンのアイスクリームもずいぶん食べていない。

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