目を開けるのも億劫なほど乾いた空気の中、電車の座席に沈み込む。瞼を閉じた瞬間、世界が途切れた。気づけば、時間はすり減り、車両はすでに降車駅に滑り込んでいた。眠りに落ちたというより、時間の継ぎ目が消え去ったようだった。意識の余白に、移動の記憶は何ひとつ残されていない。
風は冷たく、喉の奥に乾きを残す。鼻の奥は詰まり、かすかに咳が込み上げる。皮膚の表面が一枚ずつ剥がれていくような、ひりつく感覚がある。かといって、風を避けるために屋内に入れば、今度は乾燥に包まれる。どこへ行っても身体の輪郭が滲み、どこにも馴染めない。
京王線新宿駅。列の先頭に立つ人の肩が揺れたかと思えば、ひとりの男がすっと間をすり抜け、割り込んでいく。鮮やかで無造作な動き。周囲は一瞬の沈黙に包まれるが、すぐに元の流れに戻る。彼にとっては当然のことなのかもしれない。ルールを守る者が不便や不快を引き受け、ルールを逸脱する者が快適に振る舞う。それがこの世界の仕組みなのだろうか。ひとつの線を越えた者は、もはや越えたことすら意識しない。
家に帰れば、昨日のうどんの残りが待っている。温めるだけの食事。簡素な作業を経て、湯気の立つ器を前に座る。熱が喉を通るたびに、鼻の奥がじんわりと開く。生姜の香りが微かに鼻腔を満たし、体の芯にじんわりと染み込む。夜は静かで、世界のすべてが白んで消えていくようだった。