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カテゴリー: 日記

日記230626

朝方、自分のなかに吠え声が聞こえ始めた。一度など興奮や気弱さや困惑のために数語書こうとしているからだが、しかし許されうるそして解放をもたらすような材木を調達するのは、ある冬の闇夜の五時まで工場で働き、まだいくらか血のついた指で掘り起こしているぼくの存在の根底まで、あきらかにぼくの関係に長引くひび割れをもたらすことなく部屋から出ていけるかどうか、ぼくはまったくじしんがなかった。

(この日記はマックス・ブロート編『決定版カフカ全集7 日記』(谷口茂訳、新潮社、一九八一年)で使用されている語句の引用・組み替えによって作成しました。)

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日記230625

瞬間の気分に作用している事情や、さらにその気分のなかで働いている事情や、しかも価値判断のなかでさえ働いている事情まで含めたすべての事情に気づいて、ただ他人を観察し、他人のなかや至る所で支配している法則を観察することだけが、ごちゃごちゃに縺れ合って足を停めていた。何もかも腹立たしい。別の効果のために働いているはずの声がひどく不幸に吹きまとわれていた。
疲れていて、少し寝ぼけている。疲労からくるぼくの焦燥と悲哀はその場所を突きとめることができないためにあまり大した犠牲は要求しないだろうし、他人に知られず遠くから眺めることで満足するだろう。眠い気分のなかで無感覚になるまで駅から二時間ばかり夢を見に行った。夢のなかで跳梁して見境いもなく剣を振り回し、山のなかで迷ってる羊か猫の焼き肉を食べたが、スプーンでコーヒーをくしゃくしゃかき回すと、太陽のせいですぐに目覚めた。もしわれわれが悪魔にとり憑かれているとしたら、それは一人のあくまではありえない。彼らはいったいどこにいるのか?
あるとき頭をカッカとさせて会社の同僚一人一人をボンボンと叩いた。それがもちろんだれにも重傷を負わせないのは、簡単にはぼくをふり切ることはできなかったからだ。ぼくは外へ向かっては頑固で、内においては冷たい人間だ。ただ身を支えるためにこんなやり方で回復に努めなければならない。何かの特定の仕方で自己を展開したくはない。書くこと自体がぼくの悲しい気分を増大させるだろうからだ。ぼくは君じゃ物足りないんだ。

(この日記は全文をマックス・ブロート編『決定版カフカ全集7 日記』(谷口茂訳、新潮社、一九八一年)から文や語句を引用し組み替えることで記述しています。)

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日記230417

4月に入ってから、ほぼ毎日ぐっすり眠れるようになりました。それまでは、8時起きはかなりはやいほうで、早起きして仕事に行くのは無理だと思っていました。仕事を始めてからは、勤務でとても疲れて帰ってきて、食事やシャワーなどの家事をこなし、11時にはもう寝るしかない。疲れていないことを確認するために軽くストレッチをしてからベッドに倒れ込んだのですが、数秒後に意識がなくなりました。目覚ましをかける6時前には、いまとなっては思い出せないような夢を見ては目を覚ましていました。ぐっすり眠ったおかげで、体はだるさを忘れ、難なくベッドから起き上がれるようになりました。でも、いまはきっと、こうして熟睡している場合ではないのでしょう。これから担当する仕事が増えれば、帰宅時間がどんどん遅くなり、自然と睡眠時間が短くなり、朝起きるのが辛くなり、日中のパフォーマンスも確実に落ちていきます。

新しい職場では、「昼食がなくても気にならないし、仕事の途中でくつろぐのも嫌だ」と言う。まだやることが少ないのに、昼休みもとらずに過ごしている。頭がぼーっとしたり、ふらふらしたりしたときは、ウィダーリンゼリーを一杯食べます。みんなが「ウイダーinゼリー」と呼んでいた商品が「inゼリー」と呼ばれるようになり、いや、最初から「inゼリー」が正式名称だったのかもしれませんが、やはり「ウイダーinゼリー」という名前には親近感があり、いつも「ウイダーinゼリー」と呼んでいます。今でも「ウイダーinゼリー」という名前に親しみを感じています。

先月末に購入したスーツが先ほど納品されました。すぐに中身を確認せず、クローゼットの中にしまっておいた。数日後、そういえば何を買ったんだっけと思いながら確認すると、なんだかボロボロで、ボタンもなく、パンツはツーパンツと書いてあるのに1本しかなかった。金曜日の夜、購入した店に不良品であることを伝えると、とても親切そうな人が優しく対応してくれた。仕事帰りに立ち寄ったため、不良品を持ってこなかったので、日曜日にもう一度お店に持っていこうとしました。しばらくそのスーツを持って外を歩いていると、「せっかく届いたスーツがこんな状態になっているのはおかしいな」と思いました。帰宅してクローゼットの中のスーツをいちから確認すると、タグのついた新品のスーツが届いていました。間違いに気づいた私は、店に駆け込み、親切そうな店員さんに必死に謝りました。すると、「ちゃんと届いてよかったですね」と言われ、さらに謝ってしまいました。そんな優しそうな人の気持ちを無にしてしまったことを、ずっと反省していました。しかし、この謝罪への渇望は、自分の失敗を許してもらいたい、あるいは失敗を正面から受け止めることから逃れたい、という狡猾さの現れであるような気がした。しかし、それは見当違いの見方で、実際は、人の優しさを受け止めきれなかったことを後悔しているだけなのだろうと確信しました。自分には、人の優しさを受け止めたいという気持ちがあるのだと思いました。

この日記は、日本語で書かれたものをDeepL翻訳で英語に変換し、再び日本語に変換し、微調整を加えたものです。執筆時は日本語で書かれていただけなので、前文のようなプロセスを経ておらず、その意味では嘘である。しかし、出版された時点では、すでにそのプロセスを経ているので、嘘が本当になっている。日記を公開する意味も疑問だし、書いた日のことも書いていないので、日記と呼べるかどうかも疑問です。

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日記230315

 慢性的に無気力。それでも瞬間的に快楽を感じることはある。映画を観た、小説を読んだ、散歩をした、酒を飲んだ、ひとと会話をした。お決まりのこれらにひとときの享楽を覚えたとて、瞬間が過ぎればたちまち茫然とした状態に帰す。何か違うことをしてみようにも違うことの在り処を把握していない。全ての未知が落とし穴のようで馴染みのない道に逸れた途端、その暗闇に吸い込まれ後戻りできなくなってしまうのではないかと不安がつきまとう。後戻りする必要がどこにあるというのか。ただ暗闇に身を投じるだけのことに何を躊躇っている。そのとおりだ。躊躇っている。この拘束は躊躇いから生じている。

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日記230202

先月上旬に応募した求人の返信がきのう届いていた。なんとなく習慣的に一週間が経過しても返事がなければ書類で落ちたのだなと判断していたから、まさか面接の連絡だとは思わなかった。指定の様式に経歴を書けとのことで、書類をつくって応募した。応募要項を再度見てみると、2月1日までに結果を通知すると書いてあり、なるほど募集期限が過ぎるまで待機されていたのかと納得する。いまのところはできればハローワーク経由で応募している求人の方が希望に近いが経済状況から選んでいる余裕もない。どこかしらにひっかかればよいと思う。なるべくいい感じのところに。
さいきんとにかく眠い。やはり外に出て刺激を受けた方がいいのかもしれない。いちおうきのうは映画を観に新宿まで出たのだが、所詮は映画館にこもっているだけであり、たいした刺激は得ていない。『ピンク・クラウド』という映画は窓とかスクリーンとかを主題にした映画で、ピンク色の雲に触れると10秒以内に死ぬという現象から誰も外に出られなくなるというお話の設定と現実のコロナウイルスとの類似ばかりに注目がいっているようだけど主眼はそこよりも(窓越しの/)身体とかそっちにある気がした。とはいえどうせ雲を劇物扱いするのであれば、雲とか煙とかの境界の不確かさに対するアプローチがあってもよかった。フィジカルな身体とモニターに表示される身体とを対比するのであればなおさら。映画のパンフレットには円城塔による映画にほんのり絡ませた短めの小説が載っていて、なんならそれ目当てで観に行ったくらいでもあったのだが、その小説のほうはダジャレ多めで安心感があった。

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日記230131

今月の電気代が先月の2万円に迫る金額でびっくりしたから暖房とは手を切ることにし、フリースを二枚重ねにして過ごした。意外と問題なくいられたが空気の冷たさがつねに感じられ、寒さと冷たさは違うのだなと思った。25分読書して5分休憩を繰り返した。雑念が多くてあまり文を読めなかった。読めるようになったころに25分経過のアラームが鳴ることが多かった。先週くらいから本を読む勢いが落ちてきたから散歩でもするとよさそうではある。中原中也はとにかく歩いたらしいと吉増剛造の講義録に書いてあった。晩ごはんに辛ラーメンを食べたらあたたかかった。

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日記230129

明け方まで夜通しおしゃべりをしていて帰宅したのは早朝6時頃だった。入浴を済ませてすぐに寝た。お昼頃に空腹で目を覚ましてパンを食べたが疲れで何もできず結局また寝て、また空腹で目を覚まして辛ラーメンを食べてみたび寝た。23時頃になってようやく回復し、まともに動けるようになった。享楽的な時間とその直後に訪れるエネルギーの枯渇した時間とに浸っていられた尊さを、いつか幻影のようにしか思い出せなくなるのだろうなと思う。

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日記230128

職務経歴書を見直していて、これでは読んでも何をやっていたか全然わからないだろうなと思い、いくらかのブラッシュアップを施した。なんとなく解像度が上がったような気がするのはたぶん気のせいで、いくつか実務上使用していたサービスや機能等の固有名詞を並べて雰囲気が演出されているだけだ。ただ固有名詞を並べられるということはそれを知っているということの主張にもなるわけで好意的に読み取ってもらいたいところではある。
夜は集まりに参加してずっとしゃべっていた。しゃべる行為は身体運動であり、しゃべりつづけるととうぜん疲れてしゃべりづらくなってくる。疲れると口も頭もまわらないし、さほどお酒を飲んでいないのにアルコールが十分にまわったみたいな状態になって、適当なことを知ったかぶりで話したりしてしまう。参照や引用をするならちゃんと説明できるほうがいいし、できないなら下手に参照・引用を明示する必要もなく、参照先を念頭におきながら可能な範囲でなぞるくらいに留めた方がよさそうだ。が、ある固有名を出すことだけで、文脈の暗示にもなるし知っている人がいたら補足を促すこともでき、いずれにしても、学問の場でもあるまいしおしゃべりの場では適当な発言に過度な抑制をしなくてもいいのかもしれない。

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日記230127

朝、目覚まし時計のアラームで目を覚ましたが、疲れていたから二度寝した。起きたのは昼だった。もそもそと起きてもそもそと食事をしてたらたらと身支度をしてラップの練習とかしていたら外出の時間が近づいていて、遅くに起きると何もできないなと思った。三鷹SCOOLで開催された七里圭、山本浩貴、鈴木一平のトークイベントを観に行って、密度の高すぎる話を聞いてへとへとになって帰ってきた。雑感を整理したいところだけどそんな余力はなく、そもそも書きしるせるほどすぐには整理できそうもない。「面」についてはそれこそ『背』を観てからずっと気になっていたことだから配布資料を振り返るなどしてしばらく考えたい。無責任にしゃべり散らかすことであればできそうだが、文として書こうとすると整理の必要性や責務を感じてしまうことがすでに面の特性であるようにも思う。帰宅途中にコンビニで買ったカップラーメンがさほどおいしくなく、そのくせ300円くらいしたことに世知辛さを感じる。

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日記230126

ハローワークで求人の紹介状をもらった。履歴書はまだ作成していない。あしたにつくって、週末には送付できたらいい。ChatGPTはブレストにも使えそうだと思った。とするとアイディアの発想はAIに任せてしまい、それをいかに巧みに活用するかが問われてくる。いずれは活用方法もAIに委ねられるのかもしれないが、いまのところレイトマジョリティ層が気軽に使える範囲においては全体の状況判断と状況に応じた柔軟性はまだ個別の人間のほうがコストは少なくリスクも小さいように思う。キムチチゲをつくったらけっこうおいしくできたがいつもとつくりかたは変えてなく、再現性に乏しいのがざんねんだ。

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