数日前に左目が真っ赤になり、すこしは回復したがまだ鏡を見ると左右の目の色にちがいを感じる程度には赤い。本を読もうとするとすぐに目が乾いたような状態になり、デスクワーク中も目を開けていられず時折左目を閉じっぱなしにして右目だけでディスプレイを見て作業する羽目になる。休憩時間の枠が事実上決まってなく、休憩の取得は各人任せの会社でふだんは15時とか16時とかに昼休憩に入っているが、いまは目が夕方までまともに働いてくれない。はやめに(といっても14時すぎだが)休んで目を温めながら仮眠をとるとほんの20分足らずでまともに目を開けられるくらいには回復する。調子に乗って22時手前まで労働に勤しんで、帰路に着くころにはまた目はしわしわになっている。目もからだもくたびれた状態で帰宅して、しかし寝転がってしまうまえに浴槽に貯めた湯につかればまたまた回復した気分になれる。調子に乗って夜更けに晩ごはんをつくりはじめ食事を終えるころには2時とか3時とかで、横になって本を読みはじめるとものの数分で疲れが押し寄せてあれよと眠ってしまう。逆流性食道炎を気にかける余力など到底ない。6時30分には起床して、あるいはなかなか起きられず7時まで寝てしまうこともあるが、どうにかこうにかまた出社する。目は相変わらずしわしわである。回復した気分だけで労働をドライブさせている。気分だけの労働はつくづく不毛なのであって、やるなら本気でやったらよく、やらないなら徹底してやらないのがおそらくよろしい。では気分だけの回復はといえば、おそらくからだに着々とダメージが溜まるだけであろう。こうしてひとの一生は消耗してくのだろうなという諦念に似た何かを覚えなくもないが、それはさておきダメージの蓄積を蓄積として把握できずに消耗として捉えているところにレトリックに踊らされている感がある。