
開催日時
2024年10月19日(土)
15時30分から18時00分まで
会場
府中市内貸しスペース
参加者数
4名
飲んだお茶
要約
第1回「ラブレターについて語らう茶話会」では、ラブレターの伝達手段や愛の表現、コミュニケーションのあり方について議論が交わされた。ラブレターは、二者間の閉じた関係性の中で暗号化され、時に第三者の介入によって誤配や暴力的な作用を生む。特に、ラブレターが書き手のナルシシズムに基づく場合と、読み手によってラブレター化する場合があることが指摘された。
また、愛の持続可能性(サステナビリティ)として、二者の関係が固定化せず、変容し続けることの必要性が論じられた。加えて、特定個人に宛てられたメッセージが受け手に「私を見ている」という実感を与えなければ、ラブレターは成立しないという見解も示された。
さらに、「ラブレタリティ」として、意図せず解釈される愛のメッセージや唐突に訪れる手紙の暴力性についても議論が展開された。こうしたテーマを通じて、ラブレターが単なる手紙以上の「関係性の生成装置」としての可能性を持つことが浮き彫りになった。
主な論点
二人でいることの孤独について
- わたしとあなたという単位に閉じた共同体において、言語活動はどのような発達を見せるのか。
- 二者間で交わされるうちに過熱化する文体。
- ふたりで行われる言語ゲームとしてのラブレター
- ラブレター観にも種類がある。
- ポエジーにあふれた手紙。
- ハートマークに名前だけ書いた手紙
- アニエス・ヴァルダ『幸福』
- ゆえに第三者に誤配されたときに揶揄や冷やかしの対象になる。
- 二者間の信頼のもとで書かれ、届けられる。
- 暗号化が図られる。あるいは暗号化の意図がなくとも、二者間で発達した言語自体が暗号化する。
- 例:おじさん構文
- おじさん構文はおじさん的共同体の言語クラウドに接続してしまっている。
- おじさんはなぜ・どうして・どのタイミングでおじさん構文の言語クラウドに同期するのか。
- ローカルな言語を生成していたつもりがいつのまにか既存のローカルな言語に同期してしまうこと。
- 逸脱も吸収してしまう大きな共同体の引力。
- ひとを排除しないやさしさ。
- 非常時における国家への動員。
- 一者にとどまるうちでも相手への思いが募っていく過程で文体は過熱化する。
- 過熱化した内なる感情の発露として、最初のラブレターは書かれる。
- ラブレターの起点はナルシシズムに基づく。
- ナルシシズムからはじめられたラブレターが二者間のやりとりに転じる。
- 二者間での往還を重ねる過程で、私は私を喪失し、私とあなたを束ねるひとつの主体になる。
- もしくは、ラブレターは読まなくともそれが届けられるという事実を持って愛が伝わるのでは。
- 手紙に書かれる言葉はほんとうに重視されるのか。
- 「あなたを愛している」を例とする誰でも利用可能な定型文で充足する。
- 言語は複製可能性に依拠して運用される。
- 誰でも利用可能な定型文が効果を発揮するためには二者間に閉じる必要がある?
- そのテキストが意味するとおりの感情がそのままに伝達されること。
多数に向けられた発されたメッセージを自らに向けられたものとして受け取ってしまうこと
- 「このひとは私をみている」という感覚を得ること。
- 特定個人に宛てられたラブレターは書き手からみえる相手の像を伝えている。
- 「このひとは私をみている」という実感を与えられないラブレターは愛を伝達しない。
- 「このひとは私をみている」という感覚はどのようにして与えられるのか。
- ラブレターの書き手は、自分からみえる相手の像を伝えようとしている。
- 書き手から推認される受け手の人柄や性格が、受け手にとって自分事に思えるかどうか。
- それがラブレターであるか否かにかかわらず、受け手の解釈次第でラブレターたり得てしまう。
- 予期せぬ破局をもたらすものとしてのラブレター=ラブレタリティ
- とつぜん送られてくる送り主もわからないラブレターは暴力である。
- たとえば自然災害。
- 唐突に送られてきては否応なく受け取りを強いられる「ラブレター」
- 「ラブレター」の受信を強いられることで「私」の変容をも強いられる。
- 被災することで被災していない地域のひとから「被災者」としての目線を向けられる=「被災者」としての役割を背負わされる。
- 「被災者」としての役割を強いられることで、「被災者」に対して広く一般(≒公共)が求める発言を期待される。
- 「被災者」らしくない言説は(たとえ「私」にとって真意であったとしても)受け入れがたいものとして扱われる。
- 銃殺に快楽を感じてしまったという戦時体験は公から排除される。
- 破局がもたらす「私」の喪失
- ふつうの意味でのラブレターは「わたし」と「あなた」を「わたしたち」という共同体に導く。
- 自然災害を例とする公共性のある出来事は「わたし」を「地域」や「公共」といった共同体に強く接続させる。
- 「私」が同一化した異なる主体としてまなざされる状況で「私」には何ができるのか。
- ダンスを習得する以前のミッキーマウスはジャンボリミッキー!が踊れるようになるために練習する。
- 踊れない身体はジャンボリミッキー!を習得する過程で踊れる身体に変容する。
- ジャンボリミッキー!が踊れるようになったミッキーマウスは観客を喜ばせることが可能になる。
- 観客はミッキーマウスにジャンボリミッキー!を期待するようになる。
- ミッキーマウスは観客が期待するジャンボリミッキー!に応えなければいけなくなる。
- ミッキーマウスの身体は観客が期待するジャンボリミッキー!に拘束される。
- ジャンボリミッキー!を踊ることを強いられるようになったミッキーマウスはストリートに目覚めることはできるのか。
- 多数に向けて書かれたテキストでも、書かれた内容について身に覚えがあれば「私について書かれている」という感覚は得られる。
- ラブレターは書き手のナルシシズムによって書き出されることもあるが、読み手のナルシシズムによってラブレター化してしまうこともある。
愛のサステナビリティ
- 「わたし」と「あなた」が同期した「わたしたち」の世界における持続可能性。
- 硬直状態が続くと第三者を求め始める。
- 二者間にとどまる必要性。
- 「わたしたち」のなかで変容しつづけることは可能か。
- 「わたし」が変わること。
- 「あなた」が変わること。
- 「あなた」が変わることを許容するためにあなたに「あなた」を期待しない。
- あなたに「あなた」を期待しない状況下であなたであることの必然性。
- 東浩紀『訂正可能性の哲学』:「実は○○だった」(遡行的訂正)
- 変容しつつ、元からこうであったという筋道がつくられる。
- 「以前の私/あなた」の権利をどうするか。
- 「わたしたち」をとりまく環境が変わること。
- ラブレターに締め切りはない。
ラブレターの伝達手段
- 手紙
- 靴箱に入れる
- 郵便局に委ねる
- 第三者の目に触れる可能性
- 第三者の手に渡る可能性
- 誤配を予防するために暗号化=二者間でのみ通ずる言語
- 配達員に指定された届け先に渡すという責任が生ずる。
- 内容証明郵便
- LINE
- 第三者への流出可能性
- UIにスクリーンショット機能が実装されている。
- プラットフォームが第三者への伝達を組み込んでいる。
- トークルーム
- 声(トーク)としての短文チャット
- 空間(ルーム)に響く
- 平面に書くこととの差異(たとえば掲示板)
ラブレター以外の愛の伝達手段
- 音楽
- 歌
- 演奏
- プレゼントを贈る
- 花束
- ブランドバッグ
- プレゼントを贈る鳥もいる
免責事項
- ラブレターについて語らう茶話会は、ラブレターについての議論を交わすことを通して、各参加者にとってのコミュニケーションの可能性を探ることを目的に開催しています。
- ラブレターについて語らう茶話会における発言および本議事録は、各参加者が他の参加者を宛先に発した個人的な意見、考え、思いつきによるものです。公共に対し特定の立場や意見を主張・表明するものではなく、また、非参加者からの批判に応える責務を持ちません。
- 本議事録は、ラブレターについて語らう茶話会に関心を持っている非参加者に対し、雰囲気を知ってもらい、参加の機会を促すために公開しています。
- 本議事録は、主催者が勝手に書いているため、当日に語られていない内容も含まれています。
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