原則的に言語活動は複製によって営まれる。日本語話者が発する言葉はたいがい五十音に文節可能であり、それら一音一音が連なって構成する各ユニットはたいがい広辞苑に載っている。知らない単語が混じった分は少なくとも字面だけでは基本的に理解が困難なのであり、会話はたがいが理解できる言葉――たがいが知っている言葉――によって営まれる必要がある。あくまで原則的には。
「あなたを愛してる」とわたしは発言することができ、あるいは紙面に書くことができる。キーボードやタッチパネルを介してディスプレイに表示させることも可能である。しかし愛するあなたに「あなたを愛してる」と声または文字で伝えたとしても、それはかならずしもあなたに愛を伝えることに結実しない。あなたを愛してる――現にいまわたしがあなたの目に触れるようにそう記述したところで、あなたがそこに私からの愛を感じないように。
言葉は複製される。わたしはかつてだれかが「あなたを愛してる」と発言することで愛を伝えたであろうことを頼りに、かつてのだれかの愛の表現を模倣するかたちで「あなたを愛してる」と言うことができる。同様に、わたしはわたしが愛しているひとに対して行う愛の表現を模倣するかたちで、愛していないひとに向けて「あなたを愛してる」と発言することができる。あるいはわたしでないだれかはわたしが愛するひとに向けて「あなたを愛してる」と発言することができる。そして言うまでもなく、わたしでないだれかはわたしが愛していないひとに向けて「あなたを愛してる」と日々世界のどこかしらで伝えていることであろう。
たったひとりのわたしからたったひとりのあなたに向けて発されたはずの「あなたを愛してる」というフレーズは無限に複製されつづけ、無限に複製されつづけている「あなたを愛してる」というフレーズのおかげでわたしにはあなたに愛を伝える可能性を与えられているはずなのだが、それゆえにわたしはわたしにとってただひとつしかないはずの愛をあなたに伝えられずにいる。
日時:2024年10月19日(土)15時30分から18時00分まで
場所:府中市内貸し会議室(京王線府中駅から徒歩1分)
参加費:500円
定員:8名
お申し込み:Googleフォーム