名前を呼ぶという行為が持つ熱は、愛や恋と呼ばれるものよりもはるかに静かで、しかし確かにそこに存在するものとして響く。呼ばれることによってわたしはわたしとなり、呼ぶことによってあなたはあなたとして立ち現れる。名前は、単なる記号ではなく、互いの存在を証明し、隔たりを越えて繋がるための細い糸となる。
この世に遍在する「愛」や「恋」という語が、時とともに移ろい変化するものだとすれば、ただ君を好きでいることは、そうした言葉の外側に位置し、意味が固定されることのない宙吊りの状態にあるのかもしれない。言葉がもたらす社会的な枠組みから逸脱し、ただ個として向き合うことができたとき、その呼びかけは名前に宿る温かさをより純粋なものへと変える。
名前を呼ぶという反復の中で、互いは互いとして刻まれる。日々繰り返される呼びかけが、名前を単なる音の羅列ではなく、かけがえのないものへと変えていく。固有名は、他の誰でもない「あなた」と「わたし」を呼び寄せることで、関係の輪郭を確かにする。それは社会の中で共通のものとして与えられた名前とは異なる、新たに生まれた固有性を帯びている。
そうした名前の響きが、二人しかいない空間の中で静かに反響するとき、その温かさは何にも代えがたいものとなる。誰のものでもない時間と空間の中で、ただ呼び、呼ばれる。その単純な反復が、関係をひとつの確かな存在へと昇華させ、巡り合った景色をそっと消えぬようにとどめていく。
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