日記250131

言葉が枝をなす木の中で、何かを掴もうとして手を伸ばす。手の先に触れるものが葉なのか、それともただの空気なのか、確かめる術はない。言葉はただ並べられるだけでは不十分で、それを編み込むことでしか届かないものがある。千の言葉を尽くしても伝わらないことがあり、たった一言で何かが始まり、あるいは終わることもある。

すれ違うことを前提にしたような言葉の並びに、偶然性が忍び込む。言葉を選ぶというより、言葉に選ばれているような感覚。言葉の向こうにある想いに手を伸ばし、もがく。言葉に絡め取られながら、それでも青空を仰ぐ。掴み取れるものはなくても、視線の先に何かが映る。

触れることのできない距離が生まれ、遠く見つめ合うほかなくなることがある。言葉の交わりが失われたあと、残されるものは目の前にいない誰かの姿を思い描く視線だけかもしれない。それは悲しみではなく、祈りに近いもの。遠く離れたままでも、互いの存在を確かめる最後の手段として、目を向ける。そこに見えているのは、すでに過去の残像かもしれない。それでも、見つめることが唯一の交感として残る。

木々の葉が揺れ、枝が軋む音が響く。その隙間から空が覗く。言葉は、もはや手繰り寄せるものではなく、ただそこに漂うものとしてある。

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